感動をつくる人の原点|Season2 第10話 もう一度、あの場所へ
更新日:8月14日

1983年2月10日。
私は、黒紋付に緑の袴という宝塚の伝統的な正装を身にまとい、大階段を降り、宝塚歌劇団を退団しました。

そして、新しい人生を歩み始めました。
その約二か月後。
1983年4月15日、東京ディズニーランドがグランドオープンしました。
当時、東京のお父さん、お母さんのように私を支えてくださっていたご夫妻からお声をかけていただき、グランドオープニングの前夜祭と、オープニング当日に、VIP席へご招待いただきました。
そこに広がっていたのは、それまで私が見たことのない世界でした。
屋外に響き渡る、前田憲男さん率いるフルオーケストラの華やかな生演奏。
目の前で繰り広げられるパフォーマンス。
そして、スーザン・アントン、パット・ブーン、ダニー・ケイ、リチャード・チェンバレンをはじめ、アメリカを代表するエンターテイナーたち。 まるでアメリカのショービジネスそのものが、日本へやってきたような空間でした。 それまで私が知っていたのは、
劇場の緞帳が上がり、舞台から客席へ作品を届けるものでした。
けれど、そこでは違いました。 青い空も、吹き抜ける風も、建物も、道を歩くゲストも、すべてがひとつの世界をつくっていました。 ショーだけが舞台なのではなく、パーク全体がひとつのエンターテイメントになっていたのです。 私は、そのスケールに圧倒されました。 その時は、まさか自分が、この場所で長い年月を過ごすことになるとは、夢にも思っていませんでした。
ただ、「世の中には、こんなエンターテイメントがあるんだ。」 その驚きだけが、心に深く残りました。 そして私は、退団後の新しい生活の中で、変わらず舞台と向き合っていました。 関西のダンス教室で子どもたちを教えながら、少年少女合唱団の演目では、構成・脚本・演出・振付のお仕事をいただくようになりました。 ホテルイベントやショーにも出演し、舞台と向き合う毎日は変わりませんでした。 振り返ってみると、この頃から少しずつ、自分の立ち位置が変わり始めていたのかもしれません。 出演するだけではなく、
人に教えること。
作品を組み立てること。 音楽を選び、物語を考え、人を動かし、一つのステージをつくり上げること。 もちろん、その頃の私は、自分のことを演出家だとは思っていませんでした。 目の前の仕事に夢中になり、一つひとつの舞台を、精一杯つくっていただけでした。 そんなある日のことでした。東京のお父さんから、一本の電話をいただきました。
東京ディズニーランドで新しいショーが始まったので、一度観に来ないか、というお誘いでした。 ビッグバンドの演奏に合わせ、タップダンスを中心に構成された、おしゃれなショーだそうです。 その電話を受けた瞬間、 1983年のグランドオープニングで感じた、あの胸の高鳴りが蘇りました。 私は、もう一度、あの場所へ足を運んでみることにしました。
(第11話へ続く)
読んでいただき ありがとうございました。
中間裕子(Yuko.Ai.Nakama)




コメント