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感動をつくる人の原点|Season2 第9話舞台の上、舞台の向こう

  • 8月10日
  • 読了時間: 3分


アニーの公演が終わり、私は再び宝塚の舞台へ戻りました。


毎朝のダンスレッスン。

宝塚大劇場公演の稽古。

東京宝塚劇場公演の稽古。

地方公演の稽古。

イベント出演の稽古。

それぞれの舞台へ向けた稽古に加え、

『宝塚』や『宝塚グラフ』などの撮影にも参加し、

娘役として、毎日があっという間に過ぎていく、忙しくも充実した日々を送っていました。


アニー出演のために増やした体重も、再び娘役らしい体型へ戻さなければなりません。

踊ることを我慢していた時間を取り戻すように、毎日レッスンを重ね、少しずつ本来の身体へ戻していきました。


その時、親身になって支えてくださったのが、お世話になっていた振付師のマコちゃん先生(羽山紀代美先生)でした。

先生は、いつも私のことを気にかけてくださり、時には厳しく、時には優しく見守ってくださいました。

でも、アニーで見た制作現場の景色は、私の中から消えることはありませんでした。


舞台に立つことだけではなく、

作品をつくること。

振付を考えること。

演出を組み立てること。


そんな、作品を生み出す側の仕事に、私は少しずつ惹かれていったのです。


そんな頃、1984年に設立された日本ジャズダンス協会の理事でもあられた朱里みさを先生から、「本気で振付を学ぶなら、ニューヨークへ行って勉強してきなさい」

という、ありがたいお話をいただきました。


まだ二十代前半だった私にとって、 憧れのニューヨーク。  それは、夢のようなお話でした。


でも一方で、マコちゃん先生からは、

「二十代前半では、振付をしても出演者はついてこない。

今は、もっと舞台に立って経験を積みなさい。

振付師になるのは、三十歳くらいからでも遅くない。」

という助言をいただきました。


今思えば、お二人とも、それぞれの立場から、私の未来を考えてくださっていたのだと思います。

お一人は、広い世界へ出て学ぶ道を示してくださいました。

そして、もうお一人は、今いる場所で経験を積むことの大切さを教えてくださいました。


悩んだ私は、家族とも相談し、もうしばらく宝塚に残り、舞台経験を積む道を選びました。


その頃から、少しずつ舞台に立つこと以外のお仕事も任せていただく機会が増えていきました。

宝塚企画のお仕事では、ホテルやレストランで上演する小さなライブショーの演出や振付。


マコちゃん先生が担当されていた梅田の文化センターでのダンスレッスンの代行。


さらに、歌劇団の先生が演出される子どもたちのミュージカル作品の振付も担当させていただきました。


もちろん、私はまだ現役の娘役です。


舞台に立つことは、何よりも楽しく、充実した時間でした。


その一方で、人にダンスを教えることから、新たな学びも生まれました。


改めて、基礎の大切さ。

どうすれば、もっとダンスを好きになってもらえるのか。

どうすれば、踊る楽しさを伝えられるのか。

そして、身体の使い方ひとつで、体型まで変わっていく面白さ。


そうした機会をいただいたことで、

私自身も気づかされることがたくさんありました。


そして、たとえ小さなライブであっても、

曲順を考え、

構成を考え、

振付を考え、

本番まで悩み続けた作品に拍手をいただいた瞬間、

出演者として舞台に立つ喜びとは違う、

「作品をつくる喜び」があることも知りました。


今思えば、

あの頃の私は、 舞台の上と、舞台の向こう。

その両方の景色を、少しずつ見るようになっていたのだと思います。

そして、その経験が、

この後、私の人生を大きく変えるある出会いへとつながっていくことになります。 (第10話へ続く)



読んでいただき ありがとうございました。 中間裕子(Yuko.Ai.Nakama)


 
 
 

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