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感動をつくる人たち|第21話それでも、納得するまでつくり続ける— エンターテイメントという魔法 —

  • 3 分前
  • 読了時間: 3分


この仕事は、華やかに見えるかもしれません。


でも実際は、何もないところから、何かを生み出し続ける仕事です。


アイデアが浮かばない時間。

答えが見えないまま、探し続ける時間。

正直、しんどいなと思う瞬間もあります。


それは体力でも、人間関係でもなく、 “ 何も生まれない時間 ”の苦しさです。


どれだけ考えても、前に進んでいる気がしない。

時間だけが過ぎていく。

それでも、どこかで思っている。

「他に、なにかあるはず。もっと、もっと、このシーンに合う何かが。」

答えが見えないままでも、探すことだけは、やめない。


納得できないと、前に進めないのです。


何かが違うと感じたまま、形にしてしまうことが、どうしてもできない。


しつこいと言われれば、その通りかもしれません。


でも、その“ しつこさ ”が、最後のひとつを見つけるまで、考え続ける力になっているのだと思います。


ときには、考えすぎて動けなくなることもあります。


まるで、散歩の途中で立ち止まって、どうしても行きたい方向がある犬のように。


動かなくなってしまうけれど、頭の中では、ちゃんと分かっている。


「こっちじゃない。もっと、あっちに何かある」

そんな感覚です。


あるクリスマスのショーをつくっていたときのこと。


音楽の選曲も、アレンジも、いい流れで進んでいました。

いよいよ振り付けの段階に入り、振付師やアシスタントと一緒に、そのシーンのステップ やフォーメーションを考えていました。


翌日の夜には出演者も入ってのリハーサル。

もう、あまり時間はありません。

できあがってきた振り付けも、決して悪くはない。

でも、どこか違う。

「いいんだけど……つまらない」

その違和感が、どうしても離れませんでした。


激しく踊る必要はない。

もっと、このシーンにしかない“何か”があるはず。

そう思いながらも答えは見つからず、その日は一度、考えるのをやめて解散しました。


家に帰り、何気なくテレビをつけると、ニュースが流れていました。


運動会の話題で、大玉転がしの玉が思わぬ方向に転がっていく、そんな場面。

その瞬間——

頭の中で、すべてがつながりました。


「これだ」


雪玉を転がすシーンにしよう。


すぐに大道具スタッフに連絡をして、小さめのもの、中くらいのもの、そして特大の雪玉をつくれないか相談しました。


軽すぎず、重すぎず、コントロールできて、見た目は雪のようにやわらかく。


上手から転がってきた雪玉が、次第に大きくなり、最後には特大の雪玉が迫ってくる。


あれほど動かなかった時間が、嘘のように一気に動き出しました。

そこからはもう、止まりません。

寝ることも食べることも忘れて、ただ夢中で組み立てていく。

頭の中にあったイメージが、現実になっていく。


まるで、何かが降りてくるような感覚。


あの瞬間の高揚感と、没頭する時間。


苦しさも、迷いも、すべてが一気に報われるような気がする瞬間です。


振り返ってみると、こうした“ヒント”は、特別な場所にあるわけではありません。


日常の中に、ふと転がっている。

それに気づけるかどうかで、景色が一瞬で変わることがあります。

そして、その瞬間を知ってしまっているからこそ——

また、探してしまうのです。


納得できるそのひとつを。

すべてがつながる、その瞬間を。

何もなかったところに、命が宿る瞬間を。

人の心が動く“きっかけ”を、生み出せたと感じる、あの感覚を。


それはきっと、 エンターテイメントという “ 魔法 ”の正体。

だから私は、納得するまで、つくり続けます。 読んでくださってありがとうございます。  心に残りましたら、応援いただけると嬉しいです。

中間裕子(Y.Ai.Nakama)

 
 
 

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