感動をつくる人の原点|序章⑤舞台は、いつも私の遊び場だった

私が子どもの頃、家の中には小さな舞台がありました。
昔の家は畳の和室。
その畳と畳の間の隙間に、祖母が着物を仕立てる時に使っていた竹の物差しを一本、差し込みました。
それが、私のスタンドマイク。
そして、そこが私の舞台でした。
当時流行っていた歌を歌いながら、踊る。
家族や親戚がお客さん。
私は、歌って踊ることが大好きでした。
今思えば、あれが私にとって最初のエンターテイメントだったのかもしれません。
そんな毎日を過ごしていた私にとって、江川バレエスクールの舞台は、何より楽しみな時間でした。
一年を通して、季節ごとに舞台へ立つ機会がありました。
その中でも、私が一年で一番楽しみにしていたのが、夏の発表会でした。
会場は、宝塚歌劇団の大劇場。
朝早く劇場へ入り、場当たりを終えると、先生や生徒、保護者のみんなで宝塚ヘルスセンターへ移動します。
夕方になり、歌劇団の公演が終わると、今度は劇場の楽屋へ。
あの頃の私には、それだけでも特別な一日でした。
今思えば、あの楽屋に入れたことは、とても貴重な経験だったのだと思います。
でも当時の私は、そんなことより、舞台に夢中でした。
毎日、ここで歌い、踊っている人たちがいる。
そのことが、ただただ羨ましかった。
花組。
月組。
雪組。
星組。
そんな名前は知っていても、公演の仕組みなんて考えたこともありません。
ただ一つ、心の中にあったのは、
「私も、毎日この舞台に立ちたい。」
その気持ちだけでした。
あの頃、宝塚という舞台は、私にとって憧れの場所になりました。
でも今振り返ると、舞台に立ちたいという夢は、その時に生まれたのではなかったのかもしれません。
畳の上で、祖母の竹の物差しをスタンドマイクにして歌っていたあの頃から、
私はずっと、舞台が好きだった。
人前で歌うこと。
踊ること。
誰かに楽しんでもらうこと。
それが、何より好きだったのです。
だから宝塚は、
私に夢を与えてくれた場所というより、
私の夢に、名前をつけてくれた場所。
そんな気がしています。 読んでくださってありがとうございます。
心に残りましたら、応援いただけると嬉しいです。
中間裕子(Yuko.Ai.Nakama)





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