感動をつくる人たち|Season3 第8話パレードを演出する
― エンターテインメントに、正解はない ―

パレードとは、華やかな衣装を着た出演者たちが、音楽に合わせて行進する。
色とりどりに装飾されたフロートが、次々と目の前を通り過ぎていく。
観客は手を振り、歓声を上げ、笑顔になる。
それが、一般的なパレードのイメージかもしれません。
私が初めてディズニーのパレードを観たのは、1983年。
東京ディズニーランドのグランドオープンの日でした。
華やかな衣装を着た出演者たち。
色とりどりのフロート。
そして、先頭を行くマーチングバンド。
特に印象に残っているのは、そのマーチングバンドの演奏でした。
遠くから音楽が聞こえてくる。
少しずつ近づいてくる。
その音を聞いているだけで、ワクワクしました。
やがて、いろいろな場所で、さまざまなパレードを観るようになり、振付にも携わるようになりました。
そして、演出家としてパレードをつくる仕事も経験することになります。
その中で、私が考えていたことがあります。
私が創るパレードは、単なる「動く大道具と出演者」にはしたくない。
パレードは、もっと違う形のエンターテインメントにもできるのではないか。
ステージショーとパレードは、何が違うのか。
例えば、一つのテーマで作品をつくるとします。
ステージショーにするのか。
それとも、パレードにするのか。
同じテーマでも、この二つには大きな違いがあります。
まず、出演者の人数です。
ステージショーでは、舞台やバックステージの広さによって、出演できる人数に限りがあります。
一方、パレードでは、ルートや運営上の条件はあるものの、大人数による演出が可能です。
次に、物語の伝え方です。
ステージショーでは、プロローグからオープニングへと進み、音楽や照明、出演者の演技によって、観客の気持ちをコントロールしながら物語を展開していくことができます。
一方、パレードでは、それぞれのユニットが物語の一部分を象徴することが多くなります。
フロートのデザイン、衣装、音楽、出演者の演技。
それぞれが一つの世界を表現しながら、観客の目の前を通り過ぎていくのです。
そして、もう一つ大きな違いは、観客の人数です。
ステージショーでは、基本的に劇場の客席数が観客の上限になります。
しかし、パレードでは、長いルートの両側に大勢の観客が集まることができます。
一度の上演で、非常に多くの人たちにエンターテインメントを届けられる。
これは、パレードならではの魅力だと思います。
音楽が、ワクワクを連れてくる。
例えば、緞帳が閉まっている劇場。
客席の照明が落ちる。
指揮者にスポットライトが当たり、オーケストラがオーバーチュアーを演奏し始める。
まだ舞台は見えません。
でも、音楽を聴きながら、これから始まる物語への期待が高まっていく。
そして、緞帳が上がる。
目の前に、物語の世界が広がる。
あの瞬間の感動。
何度経験しても、いいものです。
パレードでも、遠くから聞こえてくるバンドの演奏が、オーバーチュアーのような役割を果たすことがあります。
音楽が近づいてくるにつれて、観客の期待も高まっていく。
ステージショーでは、音楽が観客を物語の世界へと誘(いざな)ってくれる。
パレードでは、音楽とともに、物語の世界が向こうからやってくる。
同じように観客をワクワクさせる演出でも、その表現方法はまったく違うのです。
パレードにも、物語はつくれる。
かつて、私がとても面白いと感じたパレードがありました。
『ディズニー・ファンティリュージョン!』です。
このパレードには、明確な物語の流れがありました。
華やかで幻想的な世界から、ヴィランズの登場によって雰囲気が一変する。
ブラックライトによって、出演者たちの衣装が浮かび上がる。
そして最後には、美しいハッピーエンディングの世界が広がる。
音楽も素晴らしかった。
ただ華やかなフロートが次々と通り過ぎていくのではなく、パレード全体にストーリーがある。
さらに、フロートが停止すると、そこでショーが始まる。
「ああ、こういうパレードもありなんだ。」
そんなふうに感じました。
パレードは、ただ移動するだけのエンターテインメントではありません。
停止した場所を、一つのステージにすることもできる。
さらに、フロートそのものがトランスフォーメーション(変形)することで、移動中とはまったく違う姿を見せることもできます。
パレードルートの条件によっては、何か所かでショーを上演することもできる。
同じフロートでも、移動中とショーモードでは、まったく違う演出ができるのです。
もちろん、すべてのパレードにショーモードが必要なわけではありません。
移動し続けるからこそ生まれる楽しさもあります。
大切なのは、その作品にとって、どんな見せ方が一番面白いのか。
そこを考えることだと思います。
世界のお祭りから学んだこと。
マルディグラ|観客も主役になるお祭り
以前、ニューオーリンズのマルディグラを視察したことがあります。
2001年のことです。
カーニバルの最終日、Fat Tuesdayを含む、街全体がお祭りで盛り上がる時期でした。
特に印象に残っているのは、フロートのデザインです。
ディズニーの洗練されたフロートとは、まったく異なります。
トラックを土台にして、それぞれの団体が思い思いの装飾を施している。
手作り感があって、実に楽しい。
長い時間をかけて準備していると聞きました。
そして、観客も面白い。
フロートに乗っている人たちが、紫、緑、金色のネックレスを観客に投げるのです。
みんな、それをもらおうと必死!(笑)
もらったネックレスは、次々と首にかけていく。
もちろん、私も首にジャラジャラかけていました。
観客自身がお祭りに参加している。
そんな楽しさがありました。 ニューオーリンズのマルディグラには、パレードを主催する団体が開催する、華やかな舞踏会の伝統があります。
その夜 私が参加したのは、広いコンベンションホールで開かれたパーティーでした。
男性はタキシード、女性はイブニングドレス。
正装した大勢の人たちが待ち受ける会場に、パレードを終えたフロートが次々と入場してきます。
屋外を行進していたフロートが、そのまま屋内のパーティー会場へ。
その光景には驚きました。
特に印象に残っているのは、映画『天使にラブ・ソングを…』で主演したウーピー・ゴールドバーグ。
彼女を乗せたフロートが、私の目の前に停まりました。
そのとき、目の前で聴いた彼女の歌声を、今でも覚えています。
パレードが終わったら、それでおしまいではない。
パレードそのものが、華やかなパーティーの演出にもなっている。
これも、マルディグラで出会ったエンターテインメントの一つでした。
その後、マルディグラをテーマにしたショーを制作する機会がありました。
そのとき、衣装デザインに取り入れたのが、マルディグラの伝統色である紫、緑、金色。
そして、もう一つ。
観客が首にジャラジャラかけていた、あの大きなビーズのネックレスです。
色とりどりのビーズを衣装の装飾として取り入れ、マルディグラらしい華やかな衣装に仕上げました。
ローズパレード|花と香りで春を届ける
アメリカ・パサデナで毎年お正月に開催される「ローズパレード」。
こちらは、フロートを花や植物などの天然素材で飾ることで知られています。
花で覆われた華やかなフロート。
その発想を、後に制作したパレードに取り入れ、フロートを造花で装飾しました。
実は、フロートには音響設備が搭載されています。
装飾によってスピーカーの音を妨げないよう、さまざまな工夫が施されています。
この時は、メッシュにたくさんの花を飾ることを提案してみました。
さらに、フロートごとに異なる花の香りを漂わせる演出も加えました。
目で楽しむだけでなく、香りでも春を感じてもらう。
そんなパレードになりました。
世界には、さまざまな形のパレードがあります。
洗練されたデザインのパレード。
手作り感あふれる、地域のお祭り。
花で飾られたフロートが主役のパレード。
それぞれに、違った魅力があります。
パレードは、どこまで進化できるのか。
パレードの表現方法は、フロートだけではありません。
以前、LEDを組み込んだ衣装を着たキャラクターたちによる、光のパレードとショーを制作したことがあります。
これは、フロートを使用しない、出演者だけの光のパレードです。
光る衣装を着た出演者たちが行進し、ショーモードのエリアで停止する。
そこで短いショーを上演し、終わると再びパレード形式で退場していく。
衣装のLEDには、全員が白く光るモード、一人ひとりに設定された色で光るモード、そしてカラフルなレインボーモードがありました。
音楽に合わせて色が変わると、まったく違う景色が生まれます。
フロートがなくても、パレードはできる。
行進だけでなく、途中でショーを上演することもできる。
音楽、光、衣装、出演者の動き。
その組み合わせによって、表現の可能性はどこまでも広がっていきます。
エンターテインメントに、正解はない。
私は、ショーをつくるとき、いつも思っています。
エンターテインメントに、「これが正解」というものはない。
ステージショーだから、こうしなければならない。
パレードだから、こうあるべきだ。
そんな決まりは、必ずしも必要ではないと思うのです。
もちろん、会場の条件や、安全に上演するためのルールは守らなければなりません。
でも、表現の方法まで、最初から決めつける必要はない。
パレードをステージショーのように見せてもいい。
ステージショーの中に、パレードの要素を取り入れてもいい。
フロートを使ってもいいし、使わなくてもいい。
観客に物語を見せることもできるし、観客自身が参加して楽しむ作品にすることもできる。
大切なのは、その作品を通して、観客に何を届けたいのか。
そして、どうすれば、その時間をもっと楽しいものにできるのか。
固定観念を捨てよう。
エンターテインメントは、いくらでも進化していい。
私は、そう思っています。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。 中間裕子(Yuko Ai Nakama)






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