感動をつくる人たち|第39話 39(サンキュー)——感謝と、少しの告白
- 1 日前
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今日は、第39話です。
39。
そうです。
「サンキュー」です。
なので今日は、まず最初に。
ここまで読んでくださった皆さんへ、
ありがとうございます。
4月10日。
TV番組『沸騰ワード10』で放送された宝塚密着ドキュメンタリーを見て、思わず感想を書いたことが、この連載の始まりでした。
序章①「夢の扉に向かう、かけがえのない時間」
序章②「舞台に立つ人が、見せていない時間」
序章③「感動には、理由がある」
あの日から始まった『感動をつくる人たち』。
気がつけば、明日で第40話です。
毎日書きながら、最近ふと考えることがありました。
私は、何を書いていたのだろう。
演出論なのか。
現場の裏話なのか。
あるいは、
感動をつくる人たちへの、小さなラブレターだったのか。
そして、ふと思い出したのです。
序章③で、私はこんなことを書いていました。
『感動には、一本の“幹”がある』
演出家の心に蒔かれた、小さな種。
「誰に、何を、どんな想いで届けたいのか」
その想いから物語の時間が流れ始め、音楽が生まれ、振付、照明、音響、衣装、舞台監督、スタッフたちという枝が伸びていく。
見えない場所では、支える人たちの根が張り、やがて出演者の表現という花が咲く。
そして最後に、
観客の心という風が吹いた時、舞台という木は命を持ち始める。
そんなことを書いていました。
そして気がつけば、
この連載もまた、一本の木のように育っていたのかもしれません。
舞台の華やかな表側ではなく、その裏にある時間や想いを書いてきました。
本番5分前の静かな緊張。
見えない場所で交わされるキャッチボール。
誰にも気づかれない準備。
時間管理、そして予算のことまで(笑)。
感動は決して偶然ではなく、たくさんの人の想いと努力の先に生まれること。
そして今日は、
少しだけ、この連載の舞台裏のお話をさせてください。
実は、4月11日に始めた時、私の頭の中では、「10話くらい続けばいいな」くらいに思っていました。
それが書いているうちに、私自身がどんどん面白くなってしまい、
「もう少し、20話まで」
「あと少し、30話まで!」
と、出し惜しみせず走ってきました(笑)。
そして気がつけば、
明日で第40話。
A.M.Jが大切にしてきた舞台づくりの“ 幹 ”の部分は、この38話で、一度、全力で語り切った気がしています。
もちろん、
現場の話はまだまだあります。
でも最近ふと、
「あ、また話がここへ戻ってきたな」と思うことが増えました。
結局、感動をつくる現場は、いつも同じ場所へ戻ってくるのです。
人を信じること。
支えること。
タイミングを合わせること。
そして、
誰かの心を動かそうと、本気になること。
だからこそ、
明日お届けする第40話をもって、
この連載をひとまず、
『Season1』として幕を下ろそうと思います。
――でも、これで終わりではありません。
少しだけ幕間(インターミッション)の時間をいただいて、
次の“ 感動の種 ”を探しに行こうと思っています。
次の『Season2』では、
客席にライトを向け、
皆さんへマイクを向けてみたいと思います。
皆さんは、どんなことを知りたいですか?
演出家が本番中に考えていること。
忘れられない失敗談。
心が震えた瞬間。
舞台裏のリアルな出来事。
あるいは、
「こんなこと、聞いてみたかった」
ということでも構いません。
もしよろしければ、
皆さんの“ 知りたい ”を教えてください。
もしかすると、それが、
次の物語のヒントになるかもしれません。
さて。
次回、明日は第40話。
今日は39。
サンキュー。
ここまでお付き合いいただき、
本当にありがとうございました。
そして――
明日の第40話も、ぜひ客席へお越しください。
今日も、読んでくださってありがとうございます。
心に残りましたら、応援いただけると嬉しいです。
中間裕子(Y.Ai.Nakama)




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