感動をつくる人の原点|Season2 第4話 夢の扉が開いた日

翌日。
宝塚音楽学校の合格発表の日がやってきました。
当時は、 今のようにインターネットで結果を見る時代ではありません。
音楽学校の入口に、 合格者の番号が貼り出されます。
不思議なことに、 自分の番号を見つけた瞬間のことは、 あまり覚えていません。
でも、 あの日、 音楽学校の門の前に広がっていた景色だけは、 今でも忘れることができません。
合格して涙を流す人。
悔しくて涙を流す人。
その隣で、 一緒に泣いているご家族。
夢が叶った涙。
夢が届かなかった涙。
15歳の私は、 人生で初めて、 そんな光景を目の前で見ました。
夢には、 笑顔だけではなく、 涙もある。
そんなことを、 あの日初めて知ったような気がします。
私も、 声楽の先生の教室で一緒に頑張ってきた仲間たちと集まりました。
先生のもとから受験したのは、 七人ほど。 そのうち六人が合格しました。
今思い返しても、 本当にすごい合格率だったと思います。
そして私は、 お世話になった一つ上の先輩の制服の胸で、 泣いていたことだけは覚えています。
嬉しかったからなのか。
安心したからなのか。
もらい泣きだったのか。
もう理由は覚えていません。
でも、 あの先輩の制服の温もりだけは、 今でも何となく覚えています。
合格発表が終わると、 そのまま入学手続きや制服の採寸が始まりました。
昨日まで受験生だった私が、 今日はもう、 音楽学校の新入生です。
夢が、 少しずつ現実へと変わっていく。
そんな一日でした。
そして、 制服。
あの制服を着られることが、 本当に嬉しかった。
「これで私も音楽学校の生徒なんだ。」 そう思うだけで、 胸がいっぱいでした。
もちろん、 その時の私は知る由もありません。
その可愛い制服には、 着こなしにも厳しい決まりがあること。
一年後、 本科生になれば、 スカート丈も短くしたり、 ヒールも履けるようになったり、 髪型も自由にできること。
でも、
その前に待っている予科生の一年が、 想像以上に厳しい毎日になることも。
そして、
毎日渡ることになる 宝塚大橋が、 本当に「地獄橋」と呼ばれていることも。(笑)
15歳の私にとって、 合格は、 ゴールではありませんでした。
本当のスタートだったのです。
でも、
その時の私は、 そのスタートラインの向こう側で待っている日々を、 まだ何一つ知りませんでした。
ただ、 可愛い制服を着られることが嬉しくて、 夢が叶ったことが嬉しくて、 これから始まる毎日が楽しみで仕方ありませんでした。
あの日。 私の人生で、最初の扉が開きました。
その扉の向こうに待っていたのは、 夢に見ていた世界。
そして同時に、
15歳の私にはまだ想像もできなかった、 たくさんの学びと試練の日々でした。 読んでくださってありがとうございます。
中間裕子(Yuko.Ai.Nakama)





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