感動をつくる人の原点|序章①最初に出会った音
- 7月11日
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私が最初に始めた稽古事は、母と一緒に通い始めたピアノでした。
たしか3歳くらいだったと思います。
もしかしたら歌のレッスンもあったのかもしれないけれど、そこは、あまり記憶にありません。
当時住んでいたのは、静岡県浜松市。
社宅の一軒家で、広い庭があって、大きな犬がいました。
名前は、ミッキー。
(後にこの名前に縁を感じることになります。)
向かいの同じ社宅には、音大に通っているお姉さんが住んでいて、まだ私の家にピアノがなかったので、その家にあるグランドピアノで練習させてもらった記憶があります。
でも正直に言うと、その頃から私は、ピアノがそんなに好きではなかったかもしれません。
好きか嫌いかと聞かれたら、たぶん、嫌いだった。
それでも、なぜか続いていました。
父の転勤で、広島県福山市へ引っ越してからも、ピアノは続いていました。
この時に習っていた男性の先生のレッスンは好きで、楽しかったと記憶しています。
教え方が上手だったのかもしれません。
この時期が、唯一ピアノを好きになって、ちゃんと練習した時期だったような気がします。
バイエルの赤、黄色、ブルグミュラー、ツェルニー、ソナチネ、ソナタ。
でも、兵庫県西宮へ移ってから、またピアノに対しての気持ちが変わりました。
ここで出会った先生は、音大の先生でした。
厳しくて、昔ながらのクラシックの教え方。
鍵盤を弾く手の形まで細かく決められて、少し違うと手を叩かれる。
そして、その先生から漂う仁丹の匂いも苦手でした。
その頃、世の中にはフォークソングやジャズが流れ始めていて、自由に音楽を楽しむ世界が広がっていました。
ギターコードの本を見つけた時、私は思いました。
「あれ?これ、メロディーがわかっていれば、譜面がなくてもコードで弾けるんだ。」
その瞬間から、ますますクラシックピアノに対して反抗的になっていった気がします。
練習もしない。
母が買い物に出かけた隙に遊んで、帰ってくる頃だけ弾いて、ずっと練習していたように見せかける。
今思えば、完全に子供の悪知恵です。(笑)
でも、発表会だけは好きでした。
綺麗なドレスを着て、舞台に立って、拍手をもらって、花束をもらう。
あの時間だけは好きだった。
つまり、ピアノが好きだったわけじゃなくて、舞台が好きだったんだと思います。
ある時、母に言いました。
「ピアノを辞めたい。」
でも、母は簡単には辞めさせてくれませんでした。
きっと母の中では、「始めたことは簡単にやめない」という思いがあったのだと思います。
その時は、どうしてそこまで続けさせるのか、正直わかりませんでした。
それでも、泣きながら続けたピアノ。
今思えば、あの時辞めなくてよかったと思います。
宝塚音楽学校の受験の時、面接で言えた「ピアノ12年」という言葉も、きっと無駄ではなかった。
そして何より、あの時間があったから、今こうして譜面が読める。
アレンジャーから届くオーケストラ譜を読み、音の流れを理解し、その中から振付のヒントを見つけていく。
今の私の仕事の土台には、あの嫌いだったピアノの時間が、ちゃんと生きています。
好きじゃなかったものが、人生の土台になっている。
そんなこともあるんだなと、今なら思います。
当時は、「なんでこんなことを続けなきゃいけないんだろう。」
そんなことばかり思っていました。
でも人生というのは、その時には意味がわからなかったことが、何十年も経ってから、自分を支えてくれることがあります。
私にとって、ピアノは、まさにそんな存在でした。
読んでくださってありがとうございます。
心に残りましたら、応援いただけると嬉しいです。
中間裕子(Y.Ai.Nakama)




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